別府の路地に110年続く大行列 なぜ私たちは今、あの素朴なあんパンを渇望するのか

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別府の路地に110年続く大行列 なぜ私たちは今、あの素朴なあんパンを渇望するのか
別府の路地に110年続く大行列 なぜ私たちは今、あの素朴なあんパンを渇望するのか
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🎵 別府の路地に110年続く大行列 なぜ私たちは今、あの素朴なあんパンを渇望するのか

友永 パン 屋の扉を押し開けた瞬間、鼻腔をくすぐるのは、どこか懐かしくも鮮烈な焦がしバターと焼き立てパンの匂いだ。午前8時半。湯煙が立ち上る別府の路地裏には、すでに何重もの人垣ができている。肌を刺す朝の冷気をものともせず、足元を小刻みに揺らしながら順番を待つ人々。旅行鞄を引く若者もいれば、サンダル履きで小銭入れを握りしめた近所のお年寄りもいる。誰もがガラス越しに並ぶ茶褐色の丸い塊を、まるで宝物でも見つめるかのように凝視していた。

全国の観光地がこぞってインバウンド向けのタッチパネル決済やAI値付けを導入する2026年において、ここ大分県別府市千代町にある友永 パン 屋の店先に流れる空気は、驚くほど世間の喧騒と切り離されている。手渡されるのはプラスチックの番号札。注文は小さな紙切れに鉛筆で走り書きする。効率化という名の波が押し寄せる現代で、この店が守り抜く不器用なほどの実直さは、単なるノスタルジーでは片付けられない強烈な熱量を放っている。

創業110年目の朝、別府の路地に漂う甘い湯気

大正5年、1916年創業。今年でちょうど110年の節目を迎えた。第一次世界大戦の最中に産声を上げ、関東大震災、世界恐慌、太平洋戦争の戦火をくぐり抜けてきた計算になる。別府が歓楽街として栄華を極めた時代も、バブルの狂乱も、そして近年の温泉リゾートの再編劇も、この小さな木造店舗は同じ場所で見つめ続けてきた。

店の前に立つと、歴史の重みというよりは、毎日休まず小麦を捏ね続けてきた現場の生命力がダイレクトに伝わってくる。ガラガラと引き戸を開けると、使い込まれた木製カウンターの向こうで、白衣に身を包んだ店員たちが忙しなく立ち働いている。奥の作業場からはトレイがぶつかり合う乾いた金属音と、威勢のいい掛け声。古びた柱時計が時を刻む店内に、漂い続ける芳醇なイーストの香り。こればかりは、どんな最新鋭の空調設備も再現できない、歳月だけが染み込ませた本物の気配だ。

番号札と手書き伝票、令和の超デジタル社会をあざ笑う「アナログの極致」

店に入ったら、まず入り口脇の発券機から番号札を1枚引き抜く。これがこの場所での絶対のルールだ。

スマートフォンをかざす必要はない。会員登録もポイントカードも存在しない。壁に貼られたメニュー表を眺めながら、備え付けの小さな注文票に食べたいパンと個数を書き込んでいく。あんパン、フランスパン、クリームパン、ドッグパン。カタカナと数字が並ぶ紙切れを握りしめ、自分の番号が呼ばれるのを待つ。ただそれだけの時間が、なぜかひどく愛おしい。

「42番でお待ちのお客様」

澄んだ声が店内に響く。カウンターへ進み出ると、店員が紙を預かり、木枠のガラスケースから手際よくパンをトングで拾い上げていく。茶色い紙袋に次々と収められていくパンの感触は、外側からも分かるほど温かい。袋の口をくるりと手作業で丸め、計算はそろばん、あるいは使い古されたレジスター。手渡しされる瞬間、手袋越しに伝わるパンのぬくもりが、こちらの掌へとそのまま移ってくる。この物理的な温もりのやり取りこそ、デジタルが奪い去った買い物の原初的な喜びそのものだろう。

「こしあん」か「小倉」か——百円玉数枚で買える奇跡とインフレへの静かな抵抗

都心のブーランジェリーを覗けば、クロワッサンひとつが600円を超え、おしゃれな惣菜パンが1000円に迫る2026年。そんな時代にあって、この店の値札は訪れる者を呆然とさせる。

看板商品のあんパンは、いまだに駄菓子屋感覚の小銭で買える。利益を削っているのではないか、原材料の危機ではないのかとこちらが勝手に心配してしまうほどだ。だが、ひとくち齧れば、安売りを売りにした粗悪さなど微塵もないことが即座に理解できる。

薄く、驚くほどしっとりとした生地。表面には香ばしい焼き色がつき、中には隙間なく餡が詰まっている。選べるのは「こしあん」と「つぶあん(小倉)」。こしあんは驚くほど滑らかで、舌の上でさらりと溶けていく上品な甘み。小倉は小豆の野性味ある粒感がしっかり残り、噛むほどに豆の風味が弾ける。重たくない。油っこさもない。気がつけば、2個、3個と胃袋に吸い込まれていく。華美なトッピングや高級発酵バターの過剰な自己主張に疲れた舌に、この真っ直ぐな粉と小豆の旨味が痛いほど染み渡る。

地元民と旅人が同じ紙袋を抱えて交差する「朝の結界」

別府という街は不思議だ。湯治場としての土着的な生活感と、世界中から人が集まる観光地としての顔が、極めて狭いエリアで共存している。

その縮図が、まさにこの店の前にある。出勤前に家族分のパンを買いに来た作業着姿の男性の隣に、大きなバックパックを背負った欧米からのバックパッカーが佇んでいる。近所の散歩仲間とおぼしき老婦人ふたりが「今日はワンちゃん(ドッグパン)残っちょるかねえ」と大分弁で囁き合えば、レンタカーで乗り付けた若いカップルが焼き上がり時間を気にしてガラス越しに背伸びをする。誰もが平等に紙の札を持ち、同じように茶色い紙袋を大事そうに胸に抱えて店を出ていく。

観光客向けに媚びた限定商品などひとつもない。土産物屋にありがちな派手な看板も立てない。ただ、昔から毎朝近所の人々が買いに来ていた日常の延長線上に、たまたま旅人がお邪魔させてもらっている。その絶妙な距離感があるからこそ、この店は観光公害とも無縁のまま、街の誇りとして愛され続けているのだ。

「変えない」という最も過激な挑戦を選んだ百年企業

長く続く老舗の取材をしていると、決まって「伝統を守るために変わり続ける」という言葉を耳にする。新商品の開発、パッケージのモダン化、通信販売の強化。それらはビジネスにおいて極めて正しい戦略だ。

しかし、ここは違った。もちろん細かな粉の配合や製法の微調整、衛生管理のアップデートは重ねているにせよ、基本の骨格を頑ななまでに「変えない」。インターネット通販で全国に冷凍パンをばら撒くこともしない。別府のこの角地に来なければ、このパンを口にすることはできないのだ。

冷めると少し引き締まるフランスパンの噛みごたえ、ドッグパンの素朴な塩気、カスタードの優しい卵の黄色。110年間、変えないことを選択し続けるのは、実は変化することよりも遥かに困難で、覚悟のいる行為だ。流行を追えば、流行が去ったときに死ぬ。だが、人々の生活の根底にある「毎朝食べたい安心感」にアンカーを下ろした店は、時代の嵐がどれほど吹き荒れようとビクともしない。

湯煙の街で、出来立てを頬張る最高の贅沢

紙袋を受け取ったら、どこへ向かうべきか。多くの常連がそうするように、車の中や、あるいは近くの公園のベンチ、海沿いの波止場まで歩くのがいい。

まだ指先にじんわりと熱が残るうちに、袋から丸いパンを取り出す。ちぎると、ふわりと立ち上る白い蒸気。湯の街・別府の朝の澄んだ空気の中で、出来立てのあんパンを口いっぱいに頬張る。鼻腔を抜けるイーストの香りと、優しく広がる小豆の余韻。一口ごとに、自分の中の強張っていた感覚がほどけていくのが分かる。

タイパやコスパといった冷徹な言葉で世界が切り刻まれる2026年だからこそ、私たちはこの温もりに救いを求めている。100年を超えて手渡されてきた小さなパンは、今日も変わらず、傷ついた現代人の心を静かに満たしている。 (出典: 友永 パン 屋(Yahoo!ニュース)

友永 パン 屋
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